妊娠悪阻で明日が来るのが怖い。助産師や産科医にも理解されない苦しみ。

妊娠中につわりが酷く辛かった方の「つわり体験記」を紹介しています。

様々な症状、環境を耐えた妊婦さんの貴重な体験記は、今つわりが辛いあなたの苦しみを代弁してくれるはず。

  • メイコさん(30代半ば)(@HakatanosioLOVE
  • つわり開始時期 妊娠7週(1人目)、妊娠5週(2人目)
  • つわりのピーク 妊娠12週(1人目)、妊娠10週(2人目)

2人のお子さんをもつメイコさんは、二度の妊娠悪阻を経験。

入院生活を送り、仕事に復帰する目途が立たずに退職されました。

そして周囲の人に苦しみを理解されず、心無い言葉をかけられ苦しんだと言います。

同じ妊娠悪阻経験のある私が読んでも、医療関係者とは思えない程の発言で怒りでどうにかなりそう。

経験したつわりの症状

  • 吐きつわり
  • 匂いつわり
  • 回転性めまい

1人目妊娠時

8wより重症妊娠悪阻にてトータル2ヶ月半入院

24時間点滴 1000ml/1日

2人目妊娠時

5wより重症妊娠悪阻にて1ヶ月入院

24時間点滴 1500ml/1日

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つわりの時の生活状況

1人目妊娠時

水も飲めない重症妊娠悪阻にて入院しました。

会社に行くどころか、トイレにすら酷いときは車椅子に乗らないと行けないほど衰弱し、復帰の目処が立たなくなった為やむなく退職しました。

退院後も体力が落ちきっており、食事を作れるようになったのは妊娠後期近くになってからだったと思います。

2人目妊娠時

嘔吐が一人目よりも頻度が高く、水分がまったくとれず、脱水及び肝機能障害を起こした為入院しました。

喉が切れて血を吐く、胆汁を吐いて口の中の苦味でまた吐く、ということが多々ありました。

退院後は、食事を夫になるべく作り置きしてもらい、日中は寝たきりのまま上の子の相手をしていました。

特にオムツ交換は地獄で、便の臭いで嘔吐していました。

前期悪阻が落ち着く頃には、逆流性食道炎を伴う後期悪阻が始まり、結果的に産むまで悪阻は終わりませんでした。

つわりは何がどう辛かったのか?

社会的地位も何もかも失う

悪阻が始まるとすぐに日常生活を送ることが困難になりました。

24時間休む間もなく激しい吐き気、酷い船酔いのような眩暈で寝たきりになり、あっという間にトイレに歩いて行くことすらも出来ないほど衰弱しました。

とても社会復帰できる見込みが無く、仕事もやむを得ず退職しました。

生活のQOLが著しく低下した

二人とも暑い時期の悪阻でしたが、お風呂に入ることすらままならず、入院中も週に1度くらいしかシャワーを浴びることができませんでした。

経口で食事や水分が取れない為、尋常じゃないほど頬はこけました。

とても妊婦には見えないほど瘦せ細り、髪の毛は栄養がなくなりみすぼらしくなり、自分の体臭で嘔吐することも多かったです。

軽く咳込むだけで嘔吐、入院中は周りの食事の匂いやシャンプーの匂いで嘔吐。

限界を感じた時なんども点滴のルートを引きちぎり、窓から飛び降りたくなりました。

そんな時、Twitterに辛さを吐露し、なんとか踏みとどまっていました。

医療関係者でさえ・・・理解されない悪阻の苦しみ。

理解のない人たちに心底傷つけられたのが辛かった。

助産師

一人目の悪阻入院中、60歳近い助産師に

 

「つわりは気の持ちよう。気を紛らわせば吐いたりしない」

 

と突然言われ、赤ちゃんの気持ちや、母親の心得が書いてある本を読み上げさせられました。

そして「歩かないと体力が落ちるから歩きなさい」と無理やり歩くのを強要され、廊下で吐きそうになると吐いてはダメ。そんな弱い心の母親でどうするの」と叱責され、涙が止まりませんでした。

そして盛大に嘔吐してしまい、助産師に

 

「はぁー。最近の若い人は本当に弱いわ〜」

 

とため息をつかれました。

次の日、主担当の助産師が飛んできて謝罪され、60歳近い助産師は2度と担当に付けられることは無くなりましたが、ダメな母親だと言われたようで本当に辛かったです。

産科医

最初に入院していた病院の主治医は50代のベテランの女医でしたが、とにかく物言いがきつい人でした。

悪阻入院で精神的に参り、不安を看護師に吐き出しましたが、それを主治医に伝えられると、大部屋にきて周りの人に聞こえるくらい大声で

 

「辛いのなら見送ります?(中絶の意)見送るのも物凄くしんどいけどねぇ。つわりなんかよりきついよ?耐えられるの?」

 

と早口でまくしたてられました。

あまりのショックで、即転院を決意。

次の日に退院し、転院しました。

転院先の総合病院では幸いにも、とても理解のある産科医の先生たちで、

「悪阻で辛ければ、いつでも相談に来てください。点滴もいつでも打ちますよ。夜間であれば救急外来にいつでも来ていいからね」

と言われ、ようやく安心して前期悪阻期間を乗りきれたと思います。

義母

一人目のときはただ入院しているだけで迷惑をかけなかった為何も言われませんでしたが、二人目の時は上の子の世話でどうしても頼ることになりました。

夫は仕事を休みながら上の子の世話をしていましたが、それらが気に食わない義母に、夫がいないときに、

 

「貴女みたいに弱い母親は一人目だけでもきちんと育てられるか不安なのに、二人目なんか育てられない。

辛ければ全て息子に押しつけて母親を放棄するんじゃないか。」

 

「このままでは息子が体を壊して最悪死んでしまう。息子を殺す気か。だから子供は堕ろしなさい。」

 

と言われました。

その場では平静を装いましたが、人生で後にも先にもあれほど屈辱を味わい、悔しくて、人を心底憎んだことはないくらい怒りでどうにかなりそうでした。

また、そう言われてしまう自分の不甲斐なさ、母親のせいで悪く言われてしまうわが子らを想い、身体中の水分を絞り出すように泣いたのを覚えています。

夫に絶縁宣言をしてもらい、シャットアウトすることで何とか平穏を保ちました。

つわりのときの家族の反応

夫は比較的すぐに症状を受け入れ、出来うる限り最高のサポートをしてくれたと思います。

二人目のときは上記のように義母に許せない発言をされた為、義実家のサポートには期待しなくなり、結果的に育休取得などでサポートしてくれたため、家族の絆がぐっと深まったと思います。

義母

上記のような発言をしたため、一度は夫から絶縁宣言。

その後怖いほど執着してアポ無しで家に来たり差し入れを送りつけて来たりしましたが、夫がひたすら守ってくれたため、無事出産を迎えることが出来たと思います。

つわりを経験した今だからこそ言えること

妊娠悪阻で入院していた時、本当につらくて明日が来るのも怖い日々でした。

そんな時、唯一心の支えになったのが、同じく妊娠悪阻で苦しんだ方の体験記でした。

私はつわりの症状もですが、重すぎる悪阻へ理解のない周りと人間関係でとても苦しみました。

 

今、妊娠悪阻で苦しむ方へ。

医療機関・肉親関係なく、理解できない人はいます。

そういう方達は時に平気で傷つけるようなことを言って来ます。

そのような時は、病院を転院することや、出産まで心おだやかに過ごせるよう酷い発言をする身内は疎遠にするなど、自衛策を取って、御自身と赤ちゃんを一番に考え過ごして良いと思います。

母親失格じゃない、甘えじゃない。しんどい時くらい、自分を一番大事にして良いのですよと伝えたいです。

 

そして、少しでも悪阻で苦しむ妊婦さんへの理解が深まると良いなと思います。

 

管理人はなこのつわり体験記はこちら

『つわり体験記』つわりが始まった時の症状。妊娠6週目で吐き気

2015.12.28

2 件のコメント

  • はじめまして。現在2人目妊娠中のきのこと申します。
    2回とも悪阻がひどく、辛い毎日でしたが、このブログを読み、なんとか毎日耐えられました。
    特に1人目を妊娠中は忙しい職場にいたため、職場のトイレで何度も吐き、毎日地獄にいるようでした。悪阻が軽かった女性先輩にキツくあたられたことが今でもトラウマで、2人目は育休中に作りました。
    2人目が生まれると年子育児で大変になるかと思いますが、職場復帰し、悪阻の辛さを理解されない環境で妊娠するよりははるかにいいだろうと思います。
    今回の方のように、悪阻で苦しんでいる妊婦さんが心ない言葉をかけられることのない社会になるよう、1人でも多くの人にこのブログを読んで欲しいです。

    • きのこさん
      コメントありがとうございます。
      悪阻が酷い中の仕事は本当に大変ですよね・・・。私は入院と共に退職してしまいました。
      あの体調不良の中、周りからの理解が得られず、キツくあたられるなんてトラウマになるのは当然だと思います。
      それでも二回の悪阻を耐えて、本当に素晴らしいママです。誰にでも出来ることではないですよ。
      沢山の方からつわり体験を書いていただき、少しでも妊婦さんの役に立てるブログになれば私も嬉しいです。

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